近年、若い世代を中心に「退職代行」を利用して退職手続きをおこなう人が増えています。
「退職代行」とは、退職したい意思を退職希望者本人ではなく、代行会社が代わりに勤務先に伝え、退職手続きを代行するサービスです。
退職代行を通じ従業員から退職の連絡がきた場合、会社としてどうするべきか迷う方もいるかもしれません。
本記事では、退職代行を使われた場合の対応方法や注意点を解説します。
退職代行を使われないためのポイントも説明しているので、予防策の確認の意味でもぜひご一読ください。
会社側は「退職代行を利用した退職」を阻止できる?
退職代行を使用された場合、会社側はそのまま退職を受け入れるしかないのでしょうか。
まずは退職代行の利用を阻止できるのかについて説明します。
基本的に退職の阻止はできない
職業選択は自由ですので、原則、退職の阻止はできません。
民法627条1項には、「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申し入れをすることができる。この場合において、雇用は解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する。」との条文が明記されています。
つまり、労働契約で期間の定めのない場合、民法によればいつでも解約の申し出ができることになっています。
退職代行を利用された場合は基本的に従業員本人と直接話すことが困難なため、退職を止めることは難しいでしょう。
引用:厚生労働省「参考条例文等<解雇・退職について>第627条」
退職を阻止できる例外ケース
通常退職は阻止できませんが、例外で阻止できる場合もあります。
それは契約社員など、雇用期間が決まっている場合です。
雇用期間があらかじめ契約で決められているときは、基本的に従業員はその契約期間満了まで働かなければいけません。
しかし、この場合でもパワハラやセクハラなどの嫌がらせなどの法令違反が原因であれば、民法第628上の「やむを得ない事由」に該当するため、契約期間中であっても退職が可能です。
上記以外にも、病気、ケガ、妊娠、出産、育児、介護などがこの「やむを得ない事由」に含まれます。
参考:厚生労働省「参考条例文等<解雇・退職について>第628条」
従業員に退職代行を使われた場合の会社側の対応手順
従業員に退職代行を使われた場合、会社はどのようにすればいいのでしょうか。
会社側の対応手順を説明します。
代行業者の運営元を確認する
まずは代行業者の運営元確認をおこないましょう。
なぜなら、退職の申し出が実は従業員本人からではなく、退職代行業者と名乗った者からの嫌がらせや詐欺の可能性もあるためです。
運営元の確認方法としては、ホームページやクチコミの確認などがあります。
従業員の本人確認をする
代行業者の運営元に問題がなければ、従業員本人が本当に退職を希望しているのか確認をとりましょう。
基本的には本人の意思で代行業者を利用していますが、第三者から退職を強要されているケースや、出社を嫌がる状況を見かねた家族が良かれと思い勝手に退職代行を頼むことも考えられます。
そのため、その業者が本人から退職代行を依頼されたことを確認する必要があります。
しかし、代行業者を利用している場合、従業員本人と直接連絡をとるのは難しいでしょう。
その場合、社員証や社会保険証のコピー、委任状を出してもらうなど、本人からの依頼であることを確認したうえで退職の手続きを始めてください。
従業員の雇用形態を確認する
退職を阻止できる例外ケースでも説明しましたが、契約社員など雇用期間が決められている場合、基本的には一方的な退職はできません。
そのため、従業員がどのような雇用契約を結んでいるのか、雇用形態を確認しましょう。
ただし、やむを得ない事情があれば退職は可能になるため、本人がやむを得ない事情があるといえば退職が可能になります。
その際は、どのような事情があるのかを確認しましょう。
退職手続きを進める
従業員が退職するにあたって問題がなければ、そのまま退職手続きを進めることになります。
まずは退職届の受理ですが、会社所定の様式があれば郵送やメールでフォーマットを送りましょう。
郵送の場合、一緒に返信用封筒を同封するとスムーズに退職届が提出されるでしょう。
ただし、退職届の提出時も本人の意思かどうかの確認は必要です。
退職届がパソコンで作成されている場合は、直筆の署名と捺印を押してもらいましょう。
また、業者へ依頼したとわかる委任状や印鑑証明までもらうと確実な確認になります。
本人確認をしっかりやることに越したことはありません。
貸与品の返却を依頼する
受け取った退職届が本人が書いたものだと確認が取れたら、従業員に受け取った旨を伝えましょう。
もし制服などの貸与品があれば、その際に返却の依頼も必要です。
本人と直接連絡ができない場合、依頼も返却も退職代行業者を通じておこないます。
退職代行を使われた際の会社側の押さえるべき5つの注意点
退職代行を利用された際に、会社側が気をつけておくべき注意点を解説します。
非弁行為の有無をチェックする
退職代行業者が非弁行為をおこなっていないか確認しましょう。
業者が本人に代わって退職金や退職条件などの交渉をするには、弁護士資格が必要です。
弁護士資格がなくこれらの行為をおこなえば、非弁行為(ひべんこうい)とみなされます。
民間企業が経営する退職代行のなかには、資格がないにも関わらず、退職の際に交渉をおこなう業者も存在します。
非弁行為に気がつかず退職手続きを進めてしまうと、退職が無効になってしまうこともあるでしょう。
あとあと面倒なことにならないためにも、非弁行為の確認は重要です。
弁護士資格がない退職代行ができることは、「退職の意思を伝えること」と「書類の提出」などの事務的な作業に限られます。
ただし、労働組合運営の退職代行だと団体交渉ができるため、会社との交渉を行っても非弁行為には当たりません。
従業員本人に圧力をかけない
退職代行を使われた場合、いろいろ言いたいことはあるかもしれません。
特に直属の部下だった場合はなおさらではないでしょうか。
しかし、従業員本人に圧力をかけてはいけません。
退職代行を利用している時点で、本人の退職の意思は固まっているため、圧力をかけても気持ちが変わることはないでしょう。
悪い噂が立つ前に対応を終わらせる
退職代行を使った退職の場合、できるだけ早く対応を済ませましょう。
従業員に圧力をかけたり、退職を拒んで長引かせたりすると、悪い噂を流されてしまう恐れがあります。
今はSNSで情報は簡単に広がるうえ、悪い噂は良い噂よりも広がりやすいです。
悪い噂が立つと、取引先との関係が悪化してしまったり、新しい従業員の採用が難しくなったりするかもしれません。
繰り返しになりますが、すでに従業員本人は退職の気持ちを固めているため、争うよりもスムーズに退職手続きを進める方がいいでしょう。
有給休暇を消化させる
未消化の有給休暇があれば、退職前に消化させましょう。
労働基準法には、「一定期間勤務した者には有給休暇を与えなければならない」と明記されています。
「退職代行を利用したうえ、有給消化までなんてありえない」と感じるかもしれませんが、そのままにしておくと会社側が労働基準法に違反してしまうことになるため、有給休暇は消化させてください。
参考:労働基準法第39条
従業員への損害賠償請求は避ける
従業員の突然の退職により業務が滞ってしまい、会社の利益損失につながることもあるでしょう。
そうなれば、退職した従業員への損害賠償を請求しようと考えるかもしれません。
しかし、「基本的に退職の阻止はできない」の項目でも述べたとおり、従業員はいつでも退職ができるため、損害賠償の請求はできないと思った方がいいでしょう。
退職代行業者による非弁行為がおこなわれた場合の対処法
労働組合運営の退職代行業者の場合、未払いの残業代を含め会社との交渉が可能です。
しかし、弁護士資格がない民間の退職代行業者が会社へ交渉をおこなうことは、非弁行為にあたり違法です。
ここでは、非弁行為がおこなわれた場合の対処方法を説明します。
交渉を無視する
非弁行為がおこなわれた場合、会社は対応する必要はありません。
ただし、法律的には交渉をしなくても問題ありませんが、退職代行を利用した従業員に退職の意思を無視しているととられてしまい、SNSなどで悪い噂を流されてしまう恐れがあります。
そのリスクを少しでも抑えるために、従業員の要望として聞いておくのもいいでしょう。
弁護士に相談する
非弁行為であるにも関わらず、退職代行業者が何度も交渉の連絡をしてきた場合は、弁護士に相談しましょう。
弁護士に相談したことを退職代行業者へ伝えることで、無理に連絡してこなくなるでしょう。
また、弁護士にアドバイスを受けることで、問題解決にもつながります。
法的措置を検討する
繰り返しになりますが、非弁行為は違法です。
弁護士法第72条には、「弁護士ではない者が、報酬を得る目的で法律事務を取り扱うことができない」と記載されています。
この規定に違反した場合、同法第77条で「二年以下の懲役又は三百万円以下の罰金」に処せられます。
もし弁護士に相談しても解決せず、しつこく何度も連絡がくる場合は、法的措置をとることも、1つの方法です。
退職代行で従業員の退職が決定したあとの対応方法
退職代行を利用した従業員の退職が決まったあと、会社としてどう対応するべきか説明します。
退職手続きに必要な書類を揃える
まずは退職手続きを進めるにあたり、必要な書類を揃えましょう。
退職代行を利用しているため、基本的には従業員本人と直接のやりとりではなく、退職代行を通じて書類のやりとりがおこなわれます。
書類の送付先は代行業者か自宅か、もしくはメールなどでフォーマットを送るのか、従業員側の希望に応じましょう。
辞めた従業員の穴埋め方法を考える
辞めた従業員がチームではなく、単独でクライアント対応をしていた場合は特に、クライアントへ迷惑をかけないためにも早急にこの従業員の穴埋め方法を考える必要があります。
すぐに後任が決まるといいですが、そうでなければ内容を把握している上司などが対応し、後任が決まり次第引き継ぐとクライアントへも迷惑をかけずにすむでしょう。
他の従業員に負担がかからないよう引き継ぎする
退職代行を使われて辞められた場合は、原則引き継ぎができないと考えた方がいいでしょう。
しかし、辞めた従業員の仕事は、他の従業員が引き継がなければいけません。
従業員の負担が増えることはもちろんですが、後任となった担当者がクライアントについてほとんど情報を持っていなければ、トラブルが起こる可能性もあります。
トラブルを回避するためにも、後任の従業員へのフォローが大切です。
また、辞めた従業員の代わりの人員を早急に補充し、担当を引き継いだ従業員の負担を解消しましょう。
退職代行を使われた理由を考える
大事なことですが、「なぜ退職代行を使われてしまったのか」を考えなければいけません。
直接ではなく、退職代行を利用しないと退職を切り出せなかったのには少なからず会社として何か問題があったととらえるべきでしょう。
パワハラ・セクハラ・長時間労働などの労働環境問題や、退職意思を伝えているのにも関わらず受け入れてもらえなかったなど、さまざまな状況が考えられます。
問題がわかれば、早急に対処しましょう。
そのまま放置しておくと、同じことが繰り返されてしまうかもしれません。
もう退職代行を使われないために!会社がすべき行動とは?
今後、退職代行を使われないために会社がするべきポイントについて押さえておきましょう。
従業員と良好な関係を築く
従業員が退職を選択するのは、それぞれ理由があるためどうしようもありません。
しかし、突然退職代行を利用して退職するということは、少なくとも上司や部下、同僚との良好な関係が築けていたとは考えにくいでしょう。
日頃から従業員と話しやすい環境にしておくことが、退職代行を利用されないために大事です。
ただし、プライベートに踏み込みすぎると、セクハラなどのトラブルになることも考えられます。
適度な距離感を保つことも必要です。
再発防止策を考える
従業員が退職代行を使用した経緯を確認することで、会社の問題を明らかにし、再発防止策を考えましょう。
繰り返しになりますが、問題を放置しておくと同じことが繰り返されてしまうかもしれません。
再発防止策をとることで、会社の労働環境の改善にもつながります。
まとめ
- 退職代行を使われた場合、基本的には拒否できない。
- 退職代行業者を通じての退職の申し出は、本当に本人の希望なのかをしっかり確認する。
- 退職金や退職日など退職に関する交渉をするには、「弁護士」か「団体交渉権を行使できる労働組合」の退職代行業者になるため、資格を持っている退職代行業者であるかを確認する。
- 退職代行を利用された場合、無理に本人へ直接連絡はせず、退職代行業者を通じてすべての手続きをおこなう。
- なぜ退職代行を利用されてしまったのか、原因と再発防止策を考える。
本記事では、退職代行を使われてしまった場合の流れや注意点、対処法について解説しました。
退職代行を使われてしまったら、ショックや怒り、後悔を感じるかもしれません。
しかし感情的になってはいけません。
感情的にやり取りをしてしまうことで、関係のさらなる悪化やトラブル、悪い噂を流され今後の採用活動やクライアントとの取引に影響がでてしまう可能性も考えられます。
退職は基本的には拒否できないので、スムーズに対応しましょう。
もし退職代行を使われてしまった場合、このことをきっかけに会社の問題を洗い出し、今後退職代行が使われることがない環境作りをしていきましょう。
退職代行を使われた場合によくある質問
退職代行を使われた会社側に起こる、よくある質問を紹介します。
退職代行のトラブル事例はどのようなものがある?
退職代行を利用された場合、会社に起こりうるトラブルには以下の事例が挙げられます。
- 退職代行が従業員へ会社からの伝言を伝えない
- 退職が従業員本人からの申し出ではなかった
- 社内に悪い噂が広がる
- 貸与品が返却されない
- 私物を引き取らない
会社側ではどうにもできない事例もありますが、事前に確認をおこなうことで、トラブルを回避できる場合もあります。
起こりうるトラブルを把握し、事前に対策しておくといいでしょう。
退職代行を使われたら会社にとって不利益になる?
退職代行による退職によって、会社への不利益はありません。
むしろ、退職を拒否したり、無理に直接連絡を取ろうとする方が従業員に悪い印象を与え、不利益につながる可能性が高いでしょう。
退職代行を使われた場合、できるだけスムーズに退職手続きを進めることをおすすめします。
退職代行を使われた際の給料支払いはどうなる?
退職代行を利用されても、働いた分の給料は支払いましょう。
急に退職したからといって、給料を支払わないでいい理由にはなりません。
労働基準法第24条には「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」と記載されています。
もし支払いを拒否すれば、労働基準法違反に違反することになってしまいます。
もちろん、退職代行の使用を理由に減額してもいけません。
退職代行を使った従業員に直接連絡してもいい?
退職代行を利用して退職の連絡があった場合、代行業者から「従業員への連絡はしないように」と伝えられることが多いでしょう。
そのため、連絡してはいけないと思うかもしれませんが、特に法的な強制力はありません。
直接連絡が必要な場合は、従業員へ連絡しても大丈夫です。
ただし、本人が対応する確率は低いでしょう。
電話や直接だとハードルが高いですが、メールを利用すると連絡が取りやすくなるかもしれません。
会社の就業規則で退職代行を禁止していたら、退職代行は使えない?
退職代行の使用による退職が就業規則で禁止されていても、弁護士による代理の場合は退職は可能です。
なぜなら、就業規則よりも法律の方が優先されるからです。
ただし、弁護士資格を持っていない退職代行業者を利用した場合は、就業規則が優先され退職できません。